2008年02月19日

シャントとは…

次のテストには絶対でてきます。
確実ですので予習しておこうっと。


BTシャント術
先天性心奇形により重度の右→左シャントを持つ新生児は、動脈血中の酸素濃度の低下、静脈血中の二酸化炭素濃度の上昇により低酸素血症およびチアノーゼをきたすことになる。これを軽減するための姑息的手術がBTシャント(Blalock-Tausig短絡)と呼ばれるシャント術である。これは肺動脈と鎖骨下動脈を吻合するというもので、鎖骨下動脈からの流入による肺血流の増加を図ることができる。現在ではこの吻合に人工血管を用いたmodified BTシャント術が一般的に用いられている。ただしこれはあくまで姑息手術であり、後の機能的根治術(フォンタン型吻合術)を目標とした一時的なものに過ぎない。


動静脈ろう
人工透析を行う際に、短時間で大量の血液を浄化するための血流量の豊富な血管を確保し、16G程度の留置針を毎回穿刺しなくてはならない。そのために主に腕(利き腕ではない方)の血管に短絡路を増設することがある。人工透析患者については単にこれを「シャント」という場合が多い。

下腕の静脈と動脈をバイパスするように吻合する。これにより動脈血が静脈血管へ直接流入するため静脈血管は次第に怒張し200ml/min程度の体外循環血流量を十分確保する事ができる。もともと存在する血管を作為的に吻合するため、血管の炎症や閉塞など副作用を併発することもある、また心疾患を合併する患者には心臓への負担がかかることもあり、そのような場合はシャント(バイパス)しない非シャントタイプのものも使われる。 そのためシャントという言葉は適切ではないので、血液の取り出し口という意味でブラッドアクセスという言葉が一般的になってきているが、海外ではバスキュラーアクセスと言うほうが正式である。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年01月09日

壁の背景

 ?東ドイツの中にあった西ベルリン?

本当に悲しいですね。もう二度とこのようなことがない様にしてほしいですね。

時として「ベルリンは東西ドイツの境界線上に位置し、ベルリンの壁は、その境界線の一部」と思われがちだが、これは誤解である。そもそも、ベルリンは全域が東ドイツの中に含まれており、西ドイツとは完全に離れていた。そして(東)ベルリンは東西ドイツ分断前からそのまま分断後も引き続いて旧東ドイツの首都であったのである(旧西ドイツの首都はボン)。

つまり、東ドイツに囲まれていたベルリン市がさらに国としてのドイツの東西分断とは別に、ベルリン市としても東西に分断されたのである。 この時、分断されたベルリン市の東側部分が「旧東ドイツ領」となり、西側部分が「旧西ドイツ領」(正確には連合軍管理区域)として「西ドイツの飛び地」となった。このため西ベルリンは結果的に地形的に周りを旧東ドイツ国に囲まれる形となってしまった為、この旧西ドイツ領である西ベルリンを東ドイツから隔離して囲む形で構築されたのが「ベルリンの壁」である。壁はベルリン市西半分をぐるっと取り囲む形で建設されたのであり、東西ベルリン市の間だけに壁があったわけではない。

これは、第二次世界大戦後のドイツが連合国(米・英・仏・ソ)に分割統治されることになった際、連合国は、ドイツの分割統治とは別にベルリンを分割統治したことに由来する。つまり、ドイツおよびベルリンにおいても、東(ソ連統治領域)と西(米・英・仏統治領域)に分断したのであった。

分割統治開始後まもなく、米・英・仏など自由主義陣営とソ連など共産主義陣営が対立する冷戦に突入し、1948年6月からベルリンへの生活物資の搬入も遮断された(ベルリン封鎖)。西側諸国は輸送機を総動員し、燃料・食料を始めとする生活物資を空輸し、西ベルリン市民を支えたため(空中架橋作戦)、翌1949年5月に封鎖は解除された。


なお、東西ドイツそれぞれで国家が生まれると、東ベルリンは(東ドイツを統治していた)旧ドイツ民主共和国の首都となったが、西ベルリンは地理的に西ドイツと離れていたことから、形式上「(西ドイツを統治していた)ドイツ連邦共和国籍の人が暮らす、米・英・仏3か国の信託統治領」となり、西ドイツ領とはならなかった。そのため、ドイツ連邦共和国の航空会社であるルフトハンザの西ベルリンの空港への乗り入れは禁止されていたりしたが、事実上はドイツ連邦共和国が実効支配する飛び地の特別州であった。

西ベルリンと西ドイツとの往来は、指定されたアウトバーン、直通列車(東独領内では停まらない回廊列車)と空路により可能であった(東ドイツを横切る際の安全性は協定で保証されたが、上記のように、西ベルリンに入れる航空機は米・英・仏のものに限られ、西ドイツのルフトハンザは入れなかった)。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』

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2007年09月22日

踏切で警報機鳴らず男性死亡

80メートル前で非常ブレーキをかけても間に合わないんですね。前日から警報機が故障していたらしいですが、事故に遭われた男性は30歳で若いのにこんな不運な事故で亡くなるなんて非常に気の毒です。


『参照記事』

21日午後、滋賀県愛荘町の近江鉄道踏切(警報機付き、遮断機なし)で、軽乗用車と快速電車が衝突し、軽乗用車の男性が死亡する事故があり、当時、警報機が鳴っていなかったことがわかった。

 近江鉄道の岸邦之社長は、事実関係を認め、遺族に謝罪した。近畿運輸局は22日、現場に調査に入った。

 事故は21日午後0時5分ごろに発生。愛荘町愛知川(えちがわ)の同鉄道愛知川4号踏切で、同県東近江市の会社員広瀬竜二さん(30)運転の軽乗用車に、貴生川発米原行き快速(2両)が衝突。軽乗用車は約60メートル引きずられ、広瀬さんは頭などを打って死亡。乗客ら9人にけがはなかった。

 滋賀県警の調べによると、運転士は車に気付き、踏切の手前約80メートルで非常ブレーキをかけたが、間に合わなかった。警報機は、コイルが切れており、赤ランプは点滅していたが、警報機は鳴っていなかった。